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旧正月
- 2012年1月24日 02:26

旧暦の元旦。改めて1年始まったという感じ。というよりは、このタイミングをのがすと更新がいつになるやらと思いブログを書いてみることにする。今年の正月は特に何をしてたということもなく、映画と音楽をただただ鑑賞してました。昔見た「ニューシネマパラダイス」をもう一度見てうるっときたり、過去3年分のnew year's concertを見たり、小澤征爾さんのサイトウキネン見たり... 日頃あまりテレビ見ないので、意外と新鮮でした。去年はほんとにいろんな経験をした1年となり、それをふまえての1年がまた始まりました。先日のチャリティイベントも無事終え、本格的にいろいろ動き始めないとと思ってます。こんな1年にしようとかあまり思いませんが、ひとつひとつ大事に丁寧でありたいと思う。作品に然り、人間関係に然り、1日1日に然り。丁寧にやっていこうと思う。
チャリティイベント
- 2011年12月 4日 11:40

年明けからチャリティイベントをやっていこうと思います。いろんな縁あって、代官山のシアターサイバードというステキなホールでできることになりました。東京に在住の方も震災後心身つかれてると思うので、そんな方にもホッとできる空間を提供できればと思ってます。自分の立ち位置でやるべきことを少しずつやっていければと思ってます。何もしないのは良くないからね。今日は久しぶりに雲1つないいい天気。外でお茶しながらメールやら何やらしてたらもうこんな時間だ。家に帰って仕事するか。。。 :(
雨
- 2011年10月22日 01:03

この季節の雨は冷たいからキライ。
きょうは友人のお葬式。去年から病気を患い、1年ちょっとで亡くなってしまいました。成田空港、三里塚で学生運動を過激にやっていたにも関わらず、温和な人柄で音楽も大好きだった。お櫃の中にCDを入れてきました。ぼくの名前を呼ぶ声、まだおぼえてます。こんな雨降らなきゃいいのに。
ワンガリ・マータイさん
- 2011年9月27日 21:12

(2008年 マータイさんの来日時に)
MOTTAINAIキャンペーンの提唱者、ワンガリ・マータイさんが亡くなられました。
謹んでお悔やみを申し上げます。
ぼくは4年程前から、MOTTAINAI キャンペーンに参加させていただいています。以前、日本に来られた時お会いしましたが、オシャレな洋服を身にまとい、明るいオーラを発しておられました。エネルギーに満ち溢れる人で負の要素を感じさせない人、そんな印象でした。いままでに大変な苦労をされて、それを乗り越えてきた人がもっている強さでもあるんでしょうね。提唱者とはこうあるべきなのかなと感じました。
ぼくにとって、「もったいない」ってことばは、正直そんなに新鮮なことばではありませんでした。小さいころから、そのあたりに厳しい家庭だったの で、当たり前の感覚で身についていました。でも、その普通の感覚が普通でなくなっているのかなとも思います。いい意味で普通でいたい。言い方変えれば、 ちゃんとバランス感覚の取れた状態でいたいと思う。
最近、車を買うタイミングでした。1台1台長く大事に乗るタイプなので、次を買うのがきっと最後のガソリン車かなと思ってました。そんな時に、以前から一 度乗りたいと思ってた車に出会いました。物欲はあまりありませんが、久しぶりに悩みました。でも、買わないことにしましたよ、マータイさん。いまは必ずしも必要 じゃないかもね。
自転車で移動します。。。:)
「までいライフ」
- 2011年8月10日 23:14
福島に行ってきました。飯野、飯舘、南相馬、相馬。被災地、仮設住宅、避難区域、いろんな場所を案内していただきました。今となっては原発の問題の方が多く報道されていますが、改めて、地震、津波の規模の大きさに驚かされました。
瓦礫の撤去も進んできている南相馬では、海岸線から陸に向かって数km、本当に根こそぎすべて持っていかれたようです。何も残っていませんでした。残ってるのは家の基礎だけ。あとはものすごい量の瓦礫の山でした。近くに行くと、ぬいぐるみ、電子ジャー、ランドセル、ジャージ... 無数の生活品も目に入ります。そのひとつひとつが震災前は大事に使われていたもの、それが今では重機によって泥にまみれてひとかたまりにされています。生活ののすべてを剥ぎ取られてしまったようです。
飯舘村はご存知の通り、避難区域。もちろん誰も住んでいません。村にいた6000人が全員退避しています。8人だけはそのまま残って生活しているようですが。テレビの影響ですっかり放射能汚染のイメージになってしまいましたが、そんな言葉とは裏腹にすばらしい自然でした。藁葺き屋根の家、大自然がそのまま残された景観です。こんな場所が目に見えない放射線によって、誰も住めなくなっているのが、どうしてもピンと来ません。
ここの村の人たちは、「までいライフ」ということばのもとに暮らしていました。「までい」という言葉はこの地方の方言で、「手間隙を惜しまず」「丁寧に」「心をこめて」そんな意味。飯舘村は何年も前から、風土を再認識して人間本来の楽しい生活をしていこうという提案をしていました。そんな「までいライフ」の生活をしていた村民が、いきなり寝耳に水、退避させられ狭い仮設住宅での生活をしいられていました。仮設住宅に移られた方と話しましたが、憤りと同時に何ともやるせない気持ちになりました。
避難されてる人達には何の罪もないわけで、ほんとうに申し訳なく思いますが、こんなことになってしまったのは人間のおごりからきたのかなとも思います。ぼくらは自然の中で「生かされてる」わけですが、もうそんなことを忘れてしまったのかな。自然の恩恵のもとに生活していたのが、あるのが当たり前になり、やがてもっと欲しくなり、しまいには自分たちで制御できないような物を扱ってまで...
電車や飛行機に乗っていると時々こわくなる時があります。最速のスピードを追求するのもいいんですが、あまりにもいきすぎた開発になってしまってないのかな?本当にリニアモーターカーで、大阪まで1時間で行けちゃっていいんだろうか?1時間で行けるようになれば次は30分で行けるように開発が始まるでしょう。「バベルの塔」を思い出します。
原発について論じなければいけないこともありますが、別の観点で「つつましさ」ということばについても考えたいです。自然の中で生かされてること、暮らさせてもらってること、謙虚にもう一度思い出してみたいもんです。
8月、9月は、福島でチャリティイベントもあり、行かれる方も多いかと思います。飯舘村は避難区域ですが、立ち入り禁止ではありません。もし時間あれば、是非一度足を運んでいただきたい。こんな自然の美しいところで、ぼくら人間が何をしてしまったのか。その場を見て感じて、それからもう一度考えてみるのもいいのでは。
全く人のいなくなった飯舘村、生き物たちだけ置いてきぼり。ヘッドフォンで聞いてみてください。聞こえる音全てが命の音です。 ♪♫